メンフィスとその墓地遺跡
−ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯−(1979年、文化遺産)
古代都市テーベとその墓地遺跡(1979年、文化遺産)
アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群(1979年、文化遺産)
イスラーム都市カイロ(1979年、文化遺産)
アブ・メナ (1979年、文化遺産)
聖カタリーナ修道院地域(2002年、文化遺産)
ワディ・ヒタン - (2005年、自然遺産)


●メンフィスとその墓地遺跡
−ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯−(1979年、文化遺産)


エジプト古代王国時代の首都メンフィスと、ギザの3大ピラミッドを始めとするダハシュールにかけてのピラミッド群。ナイル川の恵を受けた豊饒のこの地は約3000年にわたる古代エジプトの繁栄を支え、ファラオの命を受け巨大な墓所が随所に築かれた。メンフィスのサッカラに最古のピラミッドが造られて以来、現代技術をもってしても建築は困難と言われる壮大なギザのピラミッドを含め、今もその姿を残す。



●古代都市テーベとその墓地遺跡(1979年、文化遺産)

紀元前16〜11世紀に首都が置かれたこの地はテーベ(現ルクソール)と呼ばれ、アメン信仰の聖地としても栄え、古代エジプト史上最高の栄華を誇った。“生者の都”とされるナイル川東岸にはカルナック神殿、ルクソール神殿、そして“死者の都”といわれる西岸には“王家の谷、王妃の谷”と呼ばれるネクロポリス(墓所)等、巨大な石柱や精巧なレリーフ等貴重なエジプト文明を多く残す。



●アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群(1979年、文化遺産)

ヌビア遺跡、エジプト南部のナイル川流域に広がる古代エジプト文明の遺跡。1960年代、ナイル川にアスワン・ハイ・ダムの建設計画により、水没の危機にあったがユネスコの国際的な活動によって救済。アブ・シンベル神殿は、1964年から1968年の間に、正確に分割されて、約60m上方の丘に移築された。1980年、フィラエ神殿は、フィラエ島からアギルキア島に移築された。





●イスラーム都市カイロ(1979年、文化遺産)

カイロは、エジプトの首都。ナイル川河畔の交通の要衝として969年に建設されて以来現在にいたるまで長い時代を通じてイスラム世界における学術、文化、経済の中心都市として繁栄してきた。現在においてもカイロ首都圏の人口は1525万人(2004年)を数え、アフリカ大陸、中東地域いずれにおいても最大の人口を有し荘厳なモスクを始め重要なイスラム文化を今に残す。



●アブ・メナ (1979年、文化遺産)

1979年に文化遺産として、2001年に危機遺産として登録される。アレクサンドリアの南西に位置するこの街は4世紀からこの地域で独自に発達したキリスト教、コプト最大の聖地として栄えた。古代ローマで殉教した聖者メナス生誕の地でもあり、教会、洗礼堂、修道院、巡礼のための宿泊施設など独自の文化が見られる。9世紀に侵略者の破壊などで砂漠の廃墟と化したが、20世紀初頭からの発掘で明らかとなる。



●聖カタリーナ修道院地域(2002年、文化遺産)

モーゼ山はモーゼが十戒を授かったことで知られる山、その麓にあるのが、このカタリーナ修道院。ユダヤ教、キリスト教、イスラムにとって重要な聖地とされ、現在でも多くの巡礼客を集めている。聖カタリーナとはローマ時代にアレクサンドリアで殉教した聖者にちなんで名づけられた。その内部には貴重なイコンが残り、修道院裏の北側にはシナイ山壁が聳え立つ。




●ワディ・ヒタン - (2005年、自然遺産)

ワディ・ヒタンはアディ・ラヤン保護地区のファイユーム地方に属する。カイロの南南西150kmのエジプトの西部砂漠地帯にある。別名はクジラ渓谷。クジラ渓谷の名前の通り、ここでは進化途上のクジラの化石が多数発掘されている。ここには約4000万年前、テチス海とよばれる海が広がっていた。そのころに堆積した砂岩・石灰岩・頁岩の地層が現在地表に表出している。2005年7月に南アフリカ共和国のターバンで行われた第29回世界遺産委員会で登録された。




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